リスク概念

危険を定i義づけることは極めて難しいことです。


広く、社会科学の分野で用いられる危険も分野によってリスクの捉え方が異なります。


また、一社会科学のうちで危険を問題とするとしても、いかなる問題のための危険であるかという目的意識をもっていなければなりません。


目的意識のない危険概念は、ただでさえ多岐的なる危険概念をより混乱に導くからです。


そこで、我々はまずある2人の教授の見解からこの問題に入っていきましょう。


この両教授は、リスクは通常つぎのいずれかに該当するといっています。


第一に損害発生の偶然性。


第二に損害発生の可能性。


第三に不確実性。


第四に期待成果の事実上の消滅。


第五に成果と異なった結果の可能性。


・・・この5つをあげています。


スペースコレクション保険の危険概念とは?

道路交差点、踏切、工事現場、特殊装置設置場所、爆発物などの貯蔵所等々には、dangerの語が用いられます。


jeopardyという用語は不足の事態がいつ発生しても不思議でない場合の用語です。


したがって、dangerもjeopardyも、ともにある一定のでき事の発生が場所的空間的に誰の目からみても十分すぎる程度に予見しうる場合の用語であるといえます。


換言すれば、ある不足の事態発生の可能性を1と0との範囲で示すなら、状況、事情、要因あるいは環境から判断して限りなく1に近い可能性を有する場合の用語と理解するからです。


そこで、我々は一般用語としてのリスク・ペリル、ハザードに加え、スペースコレクション保険論ではこれら用語がいかなる解釈のうえで使用されているかを以下検討していきましょう。


スペースコレクション保険論において、英語のrisk、peril、hazard、ドイツ語のRisiko、Gefahr、Wagnisのごとく、それぞれの用語の概念が検討されて、爾来多くの見解が生まれています。


この問題につき企業危険の所在と分析のための序章として、仔細な文献証左を行ったある博士の「企業危険論序説」および同博士の労作「危険管理論」においても理解されます。


実に危険の概念は雑然としているのです。


ことにrisk、Risiko、risqueについて甚だしいものがあります。


そこで、リスク概念から述べていきましょう。

保険論におけるリスク概念

ところが、たとえば、英語ではrisk、peril、hazard、danger、jeopardyなどの用語があり、日本語に訳せば危険という一語で統一されます。


英語ではそれぞれが異なった意味をもっているため、用法のいかんによって理解を容易にするでしょう。


なぜならば、一般的用法において、riskとは自発的に危険を冒すという場合に用いられ、perilとは形式ばった語で、さし迫った大きな危険を意味します。


hazardとは予測されますが避けられない危険を意味し、偶発的であることを強調する場合に用いられ、dallgerは危険の意味の最も普通の語で危険状態を称して危険という場合に用いられます。


そして、jeopardyは


「be in jeopardy of one's life(生命)が危うくなっている」


・・・というように非常な危険にさらされている状態という意味においての危険、というがごとくだからです。


上記の英語が使用される場合に注意すると、dangerとは危険状態が常に存在することを前提としている場合にこの語が用いられます。

危険概念とスペースコレクション保険

事前の偶発的入用を充足する費用を準備するために用いる統計資料は、常に過去のある期間の統計資料を利用することになります。


そのため、過去のスペースコレクション保険事故(危険)発生率が将来においても同様であるか否かを予測していかねばならないという責務を保険者は負担することになるのです。


なぜなら、スペースコレクション保険事故発生の予測を謬ることは、保険事業経営に重大な影響を与えることに通ずるからです。


そこで、我々は保険の対象となる危険とはいかなるものか、から検討していきましょう。


危険をいかに正確に定義すべきかという研究は、保険学者やリスク・マネジメント学者に限らず、数理・統計学者はもちろんのこと、経済学者、経営学者、会計学者、そして広く実務者間において行われています。


ただ、都合の悪いことに、我々がことばとして「危険」という場合、会話の内容から危険のもつ意味をある程度理解できます。


しかし、文字で危険とだけ表現された場合には危険のもつ意味をまず脳裏において整理し、個々の場合に適合させるべく解釈していかねばなりません。


数理・統計ではかかる作業を簡素化するため、目的とする危険をある記号に変えて論旨を展開するという手法をとるのです。


危険と危険の測定

我々はスペースコレクション保険を偶発的入用に対する経済的先慮の施設であるという博士の考え方に傾注してきました。


しかも、偶発的入用に対する充足についてこれまで解説してきましたが、さらに我々が考察すべき問題はいかなる方法をもって入用を充足すべきかについてです。


この問題の解決のためには、充足するに必要な費用・・・すなわちスペースコレクション保険料が個々の保険契約にいかに公平にして、かつ合理的に割当てられるべきかを明らかにする必要があります。


スペースコレクション保険料の算定はその基礎が同様の危険に脅かされている多数人の結集をもって可能となります。


なぜなら、保険料前払主義を採用する限り、大数法則が有効に作用するだけの多数人による保険契約を要し、その契約を基礎にした損害を数理統計的に把握する必要があるからにほかなりません。


すなわち、同様の危険の脅威下にある多数人のうち、かりに、危険が発生したなら、その結果たる損害額がどの程度のものとなるかにつき数理統計的に把握しておかない限り、偶発的入用を充足する費用を事前に準備し得ないからです。


市場の将来の観察

市場の将来の観察は、先見・見越しといわれるが、意味するところは日和見的定式的あるいは機械的観察に基づくものであってはならないということです。

したがって、十充な観察に基づくものであるがゆえに、その適中するか否かにより結果される「利」または「損」は、通常取引よりも高率となることが予測されるのです。

しかも、高率の利益あるいは損害が同時発生的に存在するからこそ、人は投機を試みようとするのです。

以上のように、先見・見越しが適切であったか否かが直ちに利益をもたらすかどうかにかかわってくる。

先見あるいは見越を行うためには、投機者として必要にして充分な観察を行わねばならないが、しかし、将来ほど不確実なものはない。

経済社会の将来的変化は様々な要因により支配されるゆえ、先のグリーンの指適をまつまでもなく、投機的危険を測定することは困難なのです。

リスクの形態は、さらに基礎的危険(fundamentalrisk)に対する特殊的危険(particularrisk)、一般的危険(generalrisk)に対する個別的危険(individualrisk)等々があります。

まず、基礎的危険と特殊的危険だが、C.アーサー・ウィリアムズ/リチャード・ハインズ(C.AutherWilliams、Jr/RichardM.Heins)はつぎのように説明しています。

「この分類はカルプ(C.A.Kulp)によるもので、双方の違いは明確でないが、基本的には、基礎的危険とは集団の危険で、その原因と結果は非個人的で、個人では防止できないものすなわち経済制度の不確実性、不調和、社会的政治的変化による危険、旱越、龍巻等の異常な自然現象による危険をいうものである」としています。

また、彼等は、特殊的危険を、原因と結果とが個人的なもので比較的容易に管理される危険で、たとえば、非職務上の原因から生じた死亡・後遺症の危険、火災・爆発・盗み・蛮行などによる財産損害の危険、他人の身体傷害ないし財産損害に対する法的損害賠償の危険をいうものであると述べています。

上の例から理解されるように、特殊的危険は、純粋危険であり付保可能危険であるのに対し、基礎的危険は付保可能危険と純粋危険付保不可能危険との双方からなっている。

アメリカで実行されている龍巻スペースコレクション保険や電スペースコレクション保険などは基礎的危険のうちの付保可能危険をスペースコレクション保険制度化したものです。

続いて、一般的危険に対する個別的危険だが、これらの危険は企業危険に関する分類形態の一つで、前者は、経営外部で生ずる危険で、経済的社会的変化または不確実性の結果であるといいます。

たとえば、価格水準の変化・経営活動の程度の変化・社会的慣習の変化・生産と配給方式の変化等々です。

これに対し後者すなわち個別的危険とは、「特定の個人や企業に影響を与えるもので、社会的、経済的原因よりもむしろ個別的原因によるもの」であるといわれています。


スペースコレクション・動態的危険と静態的危険

動態的危険(dynamicrisk)に対して静態的危険(staticrisk)といいます。

動態的危険とは社会経済の動態的変動を直接の原因とする危険です。

しかしわたしたちは、動態的危険もそれが社会経済の進展に伴って静態化することを、我々の歴史的経験を積み重ねることにより理解しています。

静態的危険といわれるものに、地震、落雷、暴風雨等々の自然的原因から生ずるものと、火災、疾病、傷害等々、入間の不注意から生ずる危険あるいは悪意ないし故意による危険などがあげられます。

だが、自然的原因から生ずる危険は人間の力で鎮静化しうるものではないそうです。

先に述べた動態的危険の静態化とは、このようにスペースコレクションの自然的原因から生ずる危険の静態化をいうものではなく、人間の歴史的社会経済の経験によって定型化されたもので、たとえば、明治初期、我が国に自動車第一号が走りだし、その後徐々に普及したとはいうものの、当初生じた自動車事故は極めて稀であり、人はこれを不可抗力としたであろうし、戦後に注視すれば、航空交通のめぎましい発達は我々に航空機危険を定型化せしめており、さらに、原子力開発が進展するに及んでは原子力危険を、新薬の開発やバイオテクノロジーあるいは情報システムの開発途上においては動態的危険に属するものであっても、いつかは定型化するであろうからです。

この点につき佐波博士はつぎのように述べています。

「静態的危険は一定の社会的経済的発展段階を前提としてはじめて可能な概念であり、この発展段階はつねにそのうちに動態的危険をはらんでいる。

これを逆にいえば、静態的危険は静態的危険の静態化したもので・・・・・・。

すべての動態的危険が・・・・・・そうだとは云えないにしても、・・・・・・その経過において何程か定型化をとげ確率的平均的把握を可能とすることによって静態的危険に化するものです。

」と。

しからば、静態的危険は社会経済から孤立して個別経済が内部的仕方で対処できるのであろうか。

この静態的危険対処の問に「他の個別経済と相結びスペースコレクション保険なる集団を構成しその間に成立する平均の法則・大数の法則を通して、はじめて、吾々は静能的危険に対処することができる。

」と答えるのです。

純粋危険と投機的危険
純粋危険(purerisk)という危険は、これが発生したならばその結果において必ず経済的な損害を生ぜしめる危険をいいます。

換言すれば、損害が生じた場合、その原因は純粋危険であるというのです。

かかる意味における純粋危険の「純粋」たるゆえんであるが、そのもつ意味は必ずしも明らかではないそうです。

しかし、その発生は結果において紛れもなく損害が生ずるという意味において純粋であるというのでしょう。

純粋危険の発生がもたらす経済的損害は人的損害と物的損害とに区別されます。

人的損害とは個人の生命あるいは健康に直接関係する損害で、死亡、疾病・傷害による医療費、就業不能による所得の喪失などをいい、物的損害とは、火災、地震、暴風雨等々による個人の財産に直接関係する損害あるいは過失に基つく行為に対する賠償責任により、個人の所得に直接関係する損害等々をいいます。

したがって、人的損害をもたらす純粋危険をして人的危険、物的損害をもたらすそれを財産危険、責任危険、あるいは双方を一つに物的危険ということもできる。

一般に純粋危険はスペースコレクション保険の対象として引き受けられるので・付保される純粋危険は付保可能危険ともいわれます。

これに対し、付保されないそれを付保不可能危険といわれている。

投機的危険(speculativerisk)とは、これが生じた場合には利益か損害かのいずれか一方を発生せしめる危険をいいます。

グリーンは「利益もしくは損失のいずれか一方が生ずる可能性ある偶然事件すなわち投機的危険は、通常、大数法則の適用をもって処理することはできない。

」といって、スペースコレクション保険会社の忌避する危険の一つとしています。

ところで、取引所取引における投機を例にあげれば、投機は市場の将来の観察が前提となります。

主観的危険と客観的危険

主観的危険(subjectiverisk)は、これを恣意的危険ともいい、個々人の精神的心理的状態から生ずる危険です。

しかし、個々人の精神的心理的状態が恣意により十分支配された場合には、これにより生じた事件は偶然事件とはいわない。

恣意が十分に支配された事件は確実に発生すると看倣しうるからです。

恣意には、しかし、程度が認められます。

恣意っまり気儘・随意・思い付きは個々人の主観に支配されているから、厳密にしてかつ明確に等級づけることは難しいが、通常の人間が有している判断能力・行動能力・生活能力等々を基準とすることが許されるならば、その程度を等級づけることは可能となります。

恣意の程度を示す用語に無過失、軽過失、重過失、悪意または故意があります。

なお悪意または故意にはスペースコレクション的な偶然性が伴うものでないことは先に述べたとおりです。

客観的危険(objectivedisk)とは主観的危険に対する危険をいいます。

マーク・グリーン(MarkR.Green)は、客観的危険をつぎのように定義する。

「確率上の損害から実際の損害の相関的変動です。

」と。

グリーンはそのためにつぎの事例をあげてこれを説明しています。

たとえば、ある一定の事象につき過去の資料を観察することにより、特定数を一集団とするある物の集団にあっては、一定期間申に平均して数個が損害を被ることを把握したとき、実際において、損害個数が平均損害個数と一致するかあるいはそれを上回るか下回るかに注意を払うことになります。

もし、その上限と下限が定まるものであれば、その範囲において信頼性を得ることになろう。

このように、偶然によって生ずる危険であっても、大数法則を援用することにより測定を可能とする危険であるといいます。

そこでグリーンは、客観的危険=確率的損害と実際の損害との確率変動/確率的損害という算式を提示するのです。

スペースコレクション保険学説

とある博士は、自説のスペースコレクション保険学説すなわち稼得確保説一「スペースコレクション保険とは一定の偶然事件に対して稼得を確保するため多数の経済単位が集合し、合理的な計算的基礎に基いてこの目的達成のために必要な資金を分澹醸出する経済制度である」を唱えるにあたり、危険をつぎのように概念づけている。

「危険という―語は多義であって、偶然的事件そのもの・・・・・・。

事件発生の可能状態に影響する事情すなわち危険の要因(素)・・・・・・。

危険の大きさ・・・・・・。

スペースコレクション保険せられる対象(目的)自体・・・・・・。

責任の意味・・・・・・」などに用いられるが、「・・・・・・一定の偶然的事件によって稼得が阻害されるかもしれないという可能性が存しなければならない。

かかる可能性を危険(Risk、Gefahr)といい、かかる偶然的事件を危険事件といいます。

偶然的事件そのものは未だ経済前的概念です。」と。

このとある博士の危険概念は、つまり、偶然的事件が稼得を阻害するというマイナスの経済的結果をもたらす可能性すなわち偶然事件が損害を惹起せしめる可能性が私有財産制度と自己責任の原則に基づくスペースコレクション保険で問題となる危険であるというのです。

換言すれば、けだし偶然事件の経済的損害をもたらす可能性がスペースコレクション保険で問題となる危険(risk、risque)で、要約すれば偶然的事件の可能性ともいえるものであり、前経済的概念の危険とは偶然的事件それ自体であるというのです。

以上の危険概念を整理すると、リスク概念は多種多様であるが、一方では損害発生の偶然性ないし損害発生の可能性という見解があるのに対し、他方では偶然事故の可能性ないし偶然的事件の可能性という見解があり、さらには、前経済的概念としてのリスク概念すなわち偶然的事件そのものという見解となります。

では、我々に、以上の見解のうちからどのリスク概念を採用すべきなのであろうかと問われたならば、リスクそのものを純粋にとらえるならば、偶然的事件それ自体であり、経済学の一分科としてのスペースコレクション保険論としてまたスペースコレクション保険が予防・鎮圧策に続く方策として危険に対処するものである点に着目すれば、スペースコレクション保険(論)の求める危険はリスクというよりはペリルであろうと答えたいです。

しかし、一般的には、リスクといえばその対概念である損害と結び付けて「損害発生の可能性」であると理解するでしょう。

riskの一般概念

・・・・・・偶然事故の多くは、・・・・・・財産上に不利益な結果をもたらします。

・・・・・・一般にこの偶然事故、または、それが発生する可能性を指して「危険」(risk;Gefahr;risque)という」とスペースコレクション保険取引上におけるriskの一般概念を述べる。

さらに、スペースコレクション保険用語としての危険は甚だ多義にわたることをキッシの危険分類を例示しつつも、危険の第一意義はrisk;Gefahr;risqueにあって、それは「偶然性を有する一定の事件が発生する可能性で・・・・・・、例えば火災・・・・・・獣疫・盗難・運送事故・負傷・早期死亡・その他の危険が存在する云々という場合の危険の意味がこれで・・・・・・危険という語に可能性という語を置きかえても全体の意味は変らないであろう」といいます。

しかも、以上の説明においても可能性の解釈いかんによって異なる意味が生ずることに注意すべきであるといって、つぎのように述べています。

「偶然事故の発生する可能性そのものに重点を置いた場合の危険は純然たる抽象的観念であって、それは一面において事故発生の必然性に対する反対観念をなすと同時に、他面においてその可能性に対する反対観念で・・・・・・、」、可能性の大きさまたはその程度に着目した場合は、これを一般に蓋然性(確からしさ)といい、

「危険の大小・増減を問題にする場合の危険は・・・・・・事故の発生する可能性の大いさ、すなわち、その蓋然性を意味する」と。

他方、上記のriskの定義すなわち「偶然性を有する一定の事件が発生する可能性」という文言にあって、「可能性の由って生ずる具体的状態に重点を置いた場合」がいわゆる危険状態であって、その構成要素を危険事情といい、英語のhazardがこれに相当するといいます。

このように、殻はキッシ論文におけるrisk;Gefahr;risque概念を偶然事故の可能性そのものであるとし、損害スペースコレクション保険の場合には、しばしばスペースコレクション保険者に財産上に不利益な結果をもたらし、他方その可能性のいかんによってはスペースコレクション保険者の財産上にも不利益を及ぼすというのです。

そこでわたしたちは、危険は偶然事故の可能性そのものであるという見解に接近するものとしてとある博士の危険概念を例示しておこう。

論文スペースコレクション保険

「損害発生の偶然性」(thechanceofIoss)と「損害発生の可能性」(thepossibilityofIoss)とは双方にどの程度の違いがあるのか疑問に思う。

かりに、chanceという用語がpossibilityないし1ikelihoodあるいはadegreeofprobabilityという意味をもっていようとも7)、possibilityないしlikelihoodとprobabilityとは後述のとおり深く関連しているからです。

博士は「"chanceofdamageorIoss"とか"chanceoflOSS"という用語を、・・・・・・もっともらしい説明をしている学者があります。

・・・・・・。

英語のchanceという語には・・・・・・、偶然とか可能性という意味が強く、・・・・・・筆者は"chanceofdamageorloss"あるいは"chanceofloss"を損害の可能性ないし損害発生の可能性と訳すのです。

また、"chanceofloss"に代えてリスクを"possibilityofloss"と定義する場合があります。

・・・・・・。

chanceという表現をとろうがpossibilityという表現をとろうが、その意味するところは同じと考えてさしつかえない」といささか先行的嫌いはあるが結論づけているのです。

ところで、通説は、リスクとは「損害発生の可能性」であるとしています。

エリオット/ボーン両教授は、先に述べたとおり、リスクは以上五つのいずれかを指して通常用いられていることを述べたのですが、リスクとは損害発生の可能性であるとする定義は、けだしアメリカにおいても有力説です。

ドイッにおいても「リスクを損害発生の可能性と規定するのが一般的である」といわれていますが、ある方の論文からウィルヘルム・キッシ(Wilhelmkisch)の危険概念を簡単に説明しておこう。

その論文は、論文スペースコレクション保険法における危険なる語の種々なる意義について』(IJberdieverschiedenen Bedeutungendes WortesGefahrim Versicherungsrecht、"ZfVW、1917、Bd.17.488ff.)および「スペースコレクション保険危険論」(Die Lehrevonder Versicherungsgefahr:HandbuchdesPrivatversicherungsrechtes、BerlinundLeipzig、1920、Bd.2.)が中心をなしていることからも理解されるように、危険一般論ではなく、キッシのスペースコレクション保険における危険概念を述べたものであるが、勝呂論文でまず同博士は、我が国商法第629条の文言「・・・・・・偶然ナルー一定ノ事故・・・・・・」を引合に出し、「ここに偶然なる一定の事故とは、その発生・不発生・または、その発生する時期、もしくは、その発生の結果が、少なくとも当事者の主観的立場から見て、不確実なある種の事件を指していう。


リスク概念

jeopardyという用語は不足の事態がいつ発生しても不思議でない場合の用語です。

したがって、dangerもjeopardyも、ともにある一定のでき事の発生が場所的空間的に誰の目からみても十分すぎる程度に予見しうる場合の用語であるといいうる。

換言すれば、ある不足の事態発生の可能性を1と0との範囲で示すなら、状況、事情、要因あるいは環境から判断して限りなく1に近い可能性を有する場合の用語と理解するからです。

そこで、わたしたちは一般用語としてのリスク
ペリル、ハザードに加え、スペースコレクション保険論ではこれら用語がいかなる解釈のうえで使用されているかを以下検討していこう。

スペースコレクション保険論において、英語のrisk、peril、hazard、ドイツ語のRisiko、Gefahr・Wagnisのごとく、それぞれの用語の概念が検討されて、多くの見解が生まれている。

この問題につき企業危険の所在と分析のための序章として、仔細な文献証左を行った博士の「企業危険論序説」および同博士の最近の労作「危険管理論」においても理解されるように、実に危険の概念は雑然としているのです。

ことにrisk;Risiko;risqueについて甚だしい。

そこで、リスク概念から述べていこう。

リスク概念危険を定義づけることは極めて難しい。

広く社会科学の分野で用いられる危険も分野によってリスクの捉え方が異なります。

また、一社会科学のうちで危険を問題とするとしても、いかなる問題のための危険であるかという目的意識をもっていなければならない。

目的意識のない危険概念は、ただでさえ多岐的なるスペースコレクション的な危険概念をより混乱に導くからです。

エリオット/ボーン両教授は、リスクは通常つぎのいずれかに該当するといって、第一に損害発生の偶然性、第二に損害発生の可能憐、第三に不確実性・第四に期待成果の事実上の消滅、第五に成果と異なった結果の可能性をあげている。

確かに、上の五項目のいずれも一見したところ「危険」(risk)という用語で表現したとしても何ら抵抗を感じるものではないでしょう。

スペースコレクション保険論におけるリスク概念

危険をいかに正確に定義すべきかという研究は、スペースコレクション保険学者やリスク・マネジメント学者に限らず、数理・統計学者はもちろんのこと、経済学者、経営学者、会計学者、そして広く実務者間において行われいます。

ただ、都合の悪いことに、我々がことばとして「危険」という場合、会話の内容から危険のもつ意味をある程度理解できるが、文字で危険とだけ表現された場合には危険のもつ意味をまず脳裏において整理し、個々の場合に適合させるべく解釈していかねばならない。

数理・統計ではかかる作業を簡素化するため、目的とする危険をある記号に変えて論旨を展開するという手法をとります。

ところが、たとえば、英語ではrisk、peril、hazard、danger、jeopardyなどの用語があり、日本語に訳せば危険という一語で統一一されます。

英語ではそれぞれが異なった意味をもっているため、用法のいかんによって理解を容易にしよう。

なぜならば、一般的用法において、riskとは自発的に危険を冒すという場合に用いられ、perilとは形式ばった語で、さし迫った大きな危険を意味し、hazardとは予測されるが避けられない危険を意味し、偶発的であることを強調する場合に用いられ、dangerは危険の意味の最も普通の語で危険状態を称して危険という場合に用いられ、そして、jeopardyはrbeinjeopardyofoneslife(生命)が危うくなっている」というように非常な危険にさらされている状態という意味においての危険、というがごとくだからです。

上記の英語が使用される場合に注意すると、dangerとは危険状態が常に存在することを前提としている場合にこの語が用いられます。

たとえば、道路交差点、踏切、工事現場、特殊装置設置場所、爆発物などの貯蔵所等々にこの語が用いられます。

保険料前払主義

わたしたちはスペースコレクション保険を偶発的入用に対する経済的先慮の施設であるという考え方に傾注してきました。

しかも、偶発的入用に対する充足について繭章で解説してきたが、さらに我々が考察すべき問題はいかなる方法をもって入用を充足すべきかについてです。

この問題の解決のためには、充足するに必要な費用すなわちスペースコレクション保険料が個々のスペースコレクション保険契約にいかに公平にしてかつ合理的に割当てられるべきかを明らかにする必要があります。

スペースコレクション保険料の算定はその基礎が同様の危険に脅かされている多数人の結集をもって可能となります。

なぜなら、スペースコレクション保険料前払主義を採用する限り、大数法則が有効に作用するだけの多数人によるスペースコレクション保険契約を要し、その契約を基礎にした損害を数理統計的に把握する必要があるからにほかなりません。

すなわち、同様の危険の脅威下にある多数人のうち、かりに、危険が発生したなら、その結果たる損害額がどの程度のものとなるかにつき数理統計的に把握しておかない限り、偶発的入用を充足する費用を事前に準備し得ないからです。

少なくとも、事前の偶発的入用を充足する費用を準備するために用いる統計資料は、常に過去のある期間の統計資料を利用することになるから、過去の保険事故(危険)発生率が将来においても同様であるか否かを予測していかねばならないという責務をスペースコレクション保険者は負担することになります。

共同経済

相互的という観念には、共同の目的をもって結集した人々が、共同の目的のために協力するという側面と共同の目的を遂行するために酵出をなすという側面とをもつちます。

両側面が一体化したとき、ここに共同経済が誕生します。

しかし、醒出の程度は共同なかりせば個々人が単独で同じ目的に対し準備する場合に比べ軽微でなければ共同経済を形成せしめる意義がありません。

そこで、少なくとも共同経済の運営費を軽微せしめることから着手すべきで、そのためには共同の目的をもって結集する人々が多数になることをして逓減の方向にもっていかざるを得ません。

スペースコレクション保険において以上の目的をもってする共同経済体を「保険団体」といい、保険団体内での相互主義を「保険関係」という。

しかし、スペースコレクション保険団体結成の方法には直接結成方法と間接結成方法とがあります。

直接結成方法を採用する保険は相互保険という形態を採るが、間接結成方法とは第三者が団体結成者となります。

結成と方法として、強制および任意があげられます。

ことに強制結成の場合には加入者各自に相互主義の自覚があるか否かが問われるところだが、スペースコレクション保険経営技術のうちに充分生かされていると考えるべきでしょう。


貯蓄とスペースコレクション保険

現在の入用や比較的近い将来の必然入用に対しては貯蓄により人は準備するでしょう。

しかし、将来にしてかつ偶然入用に対しても人は準備しなければなりません。

とはいえ、仮に、各種の危険が発生したならば、それに応じた充足手段の減少と不測の入用が生ずるからといって、予知しうるすべての場合に対し十分な準備ができるものではない。

それこそ不経済といわぎるを得ないことになります。

我々の英知は、幸にも同様の危険が一定の度合で発生することを発見したのです。

個別的主観的にはまったく偶然としか思われない事実も、総合的客観的に大量観察を行えばそこにある一定の発生度合があることを知ります。

しかも、その度合は将来も同様の度合をもって発生するであろうことが把握できます。

換言するならば1過去におけるある期間の偶然事件の発生割合(経験的蓋然率=発生率)が把握できれば、それを基礎に、将来のある一定期間における偶然事件の発生度合(先験的蓋然率=蓋然率)を推測します。

しかしそのためには、過去の傾向は将来の傾向と看倣してもこれといった支障がないという前提が必要なのです。

この前提があってなお、偶然事件の観察範囲が広汎になればなるほど蓋然率の程度は安定してきます。

大数法則とは以上の条件のもと、ある特定の原因事実の将来において発生する度合ないし蓋然率は過去の発生率と同一であるという原則をいうのです。

さらに、この法則により、ある特定危険の入用を惹起サる度合とその平均額を一定期間ごとに求めておけば、将来のある一定期間における偶然入用の総額が把握できるゆえ、それに対し未然に充足手段を準備することを可能とします。

では、いかにしてこれを準備すれば経済的なるかにつき記述していきましょう。

圃「多数の者が相互的充足を目的として結集すること」一多i数の者が相互的充足関係に立つことは、経済施設としてのスペースコレクション保険を特色づける重要な要件です。

なぜならば、相互的というのは、スペースコレクション保険の指導精神というよりも組織の態様を示し、しかも充足するとは保険の目的がどこにあるかを示唆するからです。

発生が偶然

発生が偶然であるとは、発生するが、個別にみて発生するか否かが不明で、発生するとしてもその時期が定かでないことをいう。

たとえば、火災は発生するか否かが不明であるから偶然性があるとはいえ、死亡は発生するとしてもその時期が定かでないゆえに偶然性があるといえるのです。

しかも、その発生の結果である入用の多寡が不明でなければなりません。

さらに、スペースコレクション保険で扱う危険は、技術的に把握しうるものであることが望ましいです。

すなわち、場所的、時間的、種類別的にある標準により把握しうることが願わしいのです。

なぜなら、同憂の同志の結集を可能とし、同憂の同志個々人における偶発的入用の予見ならびに彼ら相互間の分担割合の決定を容易にするからです。

もしも、自分の家屋が将来火災により消失したとしたら、いかにして対処したらいいのかというように、スペースコレクション保険は将来の偶然事件の発生に伴う入用を予見することが基礎となります。

ここに入用とは、先に述べたマーネスの入用観念と同じく、経済財に向って具現化する欲望であって、かつ、換貨性および量的測定可能性のある入用でなければなりません。

しかし、入用はその発生の態様からつぎのように分けることができます。

現在の入用と将来の入用というように入用の発生時を基準とした場合や入用の発生が確実か偶然かに着目して必然入用と偶然入用とに分けることができます。

さらには偶然入用といえども危険の性質により経験上予知しうるそれとまったく予知し得ないそれとに分けられる。

また、充足手段の要求が急を要する場合もあればそうでない場合もあるでしょう。

以上のような入用に対して我々はその準備の方策をそれぞれ採用してきているのです。

スペースコレクション保険の要件

スペースコレクション保険は偶然事件が発生した場合の入用に対処するための経済的事前施設として必要なこと、ことに保険の定義に関する諸説において勝呂博士の学説に傾注するならば、険施設はつぎの要件が具備されている施設であることが理解されよう。

すなわち、

◆ある一定の偶然事件

◆偶然事件の発生に伴う入用の予見

◆多数の者が相互的充足を目的として結集すること

◆醸出は公平であること

◆経済的事前の施設であること

という要件が備わっていなければなりません。

そこで、以下、上記各要件にっき解説していきましょう。

「ある一定の偶然事件」
我々は、入用と充足手段との適合関係に影響する予期せぬある一定の原因をして、「ある一定の偶然事件」という場合がある。

だが、入用と充足手段との適合関係は、既述のごとく、それを有利に変更せしめる原因と不利に変更せしめる原因とに分けて観察することができます。

もちろんのこと入用と充足手段との適合関係に影響しないところの精神的影響も考えられるが、我々は、原因の発生によって不利不足をもたらし、新たな入用を誘発する原因を対象とします。

我々が対象とする原因を危険という。

スペースコレクション保険の古諺に「危険なければ、保険なし」とあるが、ここにいう「危険」とは正に我々が対象とする原因をいうものです。

危険はそれが発生すると入用対充足手段の適合関係にさまぎまな影響を与える。

入用の増加をもたらし、充足手段がそれにおよばぬという影響を与えたり、充足手段を極端に減少せしめたり、あるいは入用の増加とともに充足手段の不足をもたらすからです。

たとえば、一身上においては死亡、疾病、失業等々があげられ、財産上では火災、水害、海難、戦争、変乱等々の原因のもたらすがごとく、いずれも入用と充足手段に影響を与えるからです。

スペースコレクション保険における危険はその発生が偶然でなければなりません。

一般市民

ここに、一般企業も市民も双方がスペースコレクション社会的経済的変動の波に常に洗われることになるが、その底辺においては何らかの方法による安定性の翼求が著増することはいうをまたない。

企業も一般市民も共に生存し、かつ共に安定を求めるというとこは、これを完全に切り離してはならないし、切り離すべきでない。

一般企業のスペースコレクション社会的経済的活動と一般市民の社会的経済的生活とは表裏一体の関係にあるからです。

しかし、一般企業がいかなる安定を求めているか、一般市民はどのような安定を翼求しているか、について理解するためにはその手法として経済を企業部門と家計部門に分け、それぞれの部門別安定方策を述べていくことが、理解のためのより望ましい方法であることはいうまでもない。

かかる方法による記述はまだ先のこととするが、一般企業もスペースコレクション市民も共に社会的経済的活動ないし生活の安定を求める方策としての共通項は、それを保持するための予防策は講ずるべきではあるが、各種予防策を採用してもなお不可能な事態が発生した場合には、克復すべき経済的準備を行う必要がある。

広くとられている経済的準備手段に「貯蓄」がある。

貯蓄の活用範囲は元金と利息の合計額を限度とします。

しかし、必要とする時期および金額が予測できる場合には、貯蓄は効力を有する。

ところが、予測不可能な偶然事件が、目標とする貯蓄額達成以前に発生したときまた目標額を達成したとしてもそれ以上に偶然事件がもたらした結果(損失)が大となったときは、それに対処することが不可能となります。

かかる不都合をいかに解決すべきかという方策を社会的経済的生活を営む人々の英知により考案された経済施設が、いわゆる「スペースコレクション保険施設」なのです。

ここに人々の英知という、いかにも仰仰しいことばを用いたが、それも自己責任主義をかたくなに守る人々にとってはいささか迷惑なことばにすぎない。

なぜなら、社会的経済的生活を営む人々が互いに協力し、もって偶然事件が発生した場合の入用に対処する経済的な事前の施設であるといいうるからです。

それは、とりもなおさず、自ヨ責任主義の社会といえども当該主義が予測不可能な偶然事件発生による損失の克服に対しては、極めて微弱な「主義」だからなのです。

対処する方策とスペースコレクション保険

偶然事件に対処する方策は、大別して、個々人の経済的力量をもってする方策と多数人の団結によってする方策とがあるが、いずれの方策を採用しようとも、社会的経済的生活の安定を図るため偶然事件の発生に対処するには、予防・鎮圧・軽減・治免・回避・逃避あるいは制限等々の基礎的方策を考え、かつ状況に応じた手段をまず考えるでしょう。

しかし、常に自己利益主義に立つ人々は、以上の方策をもってしてもなお有効でないと考える限り、スペースコレクション社会的経済的生活の安定のため個々人の有する安定主義を相互にその一部分を犠牲にする方策、すなわち、多数人が偶然事件に対処するために、個々人がもし偶然事件に遭遇しなかったならば有する安定度の一部を相互儀牲にするという方策が生れて不思議でない。

人は一人で生きていくことを不可能にしており、かつ外圧に対して極めて弱いことは、経験的実験的にも知られている。

我が国の歴史においても、為政者の指示のもと、古くは「屯倉」・「義倉」・「常平倉」・「頼母子」、近くは「仲間制度」・「五人組」等々の互助策、さらには、偶然事件による結果を共同して負担するという危険負担策等々が採用されていたことは、むしろ当然のことと理解すべきです。

ところで、こんにちではどうであろうか。

現代科学の進歩と発展が加速度的であるのに比例して、一般企業のスペースコレクション社会的経済的活動範囲は拡大し、一般市民の社会的経済的生活もそれに応じて多角的対応をせまられてきているのです。

一般市民社会および経済が、一般企業活動に拒否的反応を示せば一般企業側はその活動を停止するか縮小するかあるいは他の活動の選択をもって再度一般市民の社会的経済的生活に挑戦してこよう。

経済生活

個々人のスペースコレクション的経済生活において常に入用に対する充足手段一第三者の生産物または所有物等々一が、所期の計画通りに行われうるとはいいがたい。

なぜなら、入用充足の経済活動は、我々の意思の及ばない偶然性なる事件に遭遇する場合もあれば、予測可能であるがいつ遭遇するか定まらぬものまで影響されているからです。

偶然なる事件が発生した場合に、我々のスペースコレクション的経済生活が入用と充足手段との関係において有利に作用することもあれば、逆により不利に作用するという経験をもつでしょう。

しかし、多くの人々は、何らかの偶然事件に遭遇したならば、社会的経済的生活が不利になることの方に注意を払う。

なぜなら、ある種の偶然事実に遭遇することにより、その者が維持しかつ発展させようと努めている社会的経済的生活基__裂が入るかあるいは皆滅するということを見聞しまたは経験しているからです。

これは、人は幸福は忘れがちだが不幸は忘れがたい、という心理構造に由来するからかもしれない。

そこで英知ある人々は、偶然事件が発生し、それにより人の社会的経済的生活に不幸をもたらしたならば、それをいかに対処しかつ最小限度に食止めるべきかという方策を考案したのであるが、その方策の歴史は永く深い。

スペースコレクション保険の必要

スペースコレクション保険の必要性について。

この世に生を授かった我々は、種の保存、繁栄のために食、性、防衛という基本的欲望を有し、成長とともに様々な欲望を充足させて生存を遂げていきます。

そこには、さらに精神的文化的欲望もあれば物資的欲望という有形無形の欲望の充足を必要とするのです。

欲望を充足せしめるためには、個々人の物資によってもその幾分かは獲得することができるが、今日のごとく進展した社会経済において、欲望を充足せしめるためには、個々人の物資に依存することよりも、第三者の物資に依存することが効率的であり、またそうせざるを得ない。

換言するならば、人は相互に依存し利用しつつ社会的経済的生活を営んでいるからです。

ところで、こんにちのスペースコレクション的経済社会は私有財産制度を基礎としているため、第三者の生産物または所有物等々を利用するには自己の生産物または所有物等々と交換せねばなりません。

交換方法には種々の方法があるが、こんにちでは貨幣が交換の媒介物の主役をなしていること改めて述べるまでもないでしょう。

しかも、現在の社会は、自己責任主義を原則としているので、各自の経済責任は各自が負担せねばなりません。

いま、第三者の生産物または所有物等々に向って発動するところの欲望で、量的に貨幣価値の大いさで測定できる欲望をいうものとしよう。

マーネスはこのような欲望を「入用」と名づけたのだが、それは先にも述べたとおり、貨幣経済の社会では生産物または所有物等々に対する欲望は経済的財産的価値をもって評価しうるからで、それはまた所得獲得の欲求となってあらわれてきます。

ところが、個々人の所得はその多寡が異なるため、所得の範囲内で入用を満足させるよう努めなければなりません。

その他保険の種類

●全部保険
この保険は保険金額と保険価額とが等しいスペースコレクション保険をいい、全額保険ともいわれます。

保険事故により全損が生じた場合には、保険者は保険金額に相当する填補を行う必要があります。

同一の被保険利益、同一危険そして同一期間につき複数の保険者により保険契約が締結され、全体で保険金額と保険価額とが等しくなる保険があります。

かかる保険も全部保険であるが、通常は共同保険といいます。

ロイズにおいては、この方式をもって巨大危険をも消化吸収しているのです。


●超過保険
保険金額が保険価額より大なるスペースコレクション保険を超過保険といいます。

商法は「保険金額力保険契約ノ目的ノ価額二超過シタルトキハ其超過シタル部分二付テハ保険契約ハ無効トス」と定めています。

商法が超過部分について保険契約を無効としたのは、被保険利益のないところに損害が発生する余地がないからにほかならりません。

仮に、超過保険を認めるとすれば、損害保険契約が賭博的行為に悪用されることになり、また故意に損害を生ぜしめかねません。

したがって、保険契約者が違法な経済的利益を得るという悪意がある超過保険であった場合には、当該契約の全部を無効とし、善意の超過保険であった場合には・超過部分を無効とするぐらいの立法処置が必要であろう。

ところで、同一被保険利益、同一危険につき数個の保険契約が併存し、総保険金額が保険価額を超過する場合があります。

これを重複保険といい、超過部分にっいての保険契約は超過保険と同様の趣旨により無効です。

なお、一見したところ重複保険のようであるが、そこに異なった被保険利益の保険が介在していれば、その保険は異なったものであるゆえ、同一被保険利益に基づいて重複スペースコレクション保険が構成されているか否かを識別する必要があります。

保険金額との関係とスペースコレクション保険

●保険価額と保険金額との関係
保険価額と保険金額とが相等しいか否かによって、一部保険、全部保険、超過保険という保険種類が生じます。

これら三つの保険種類は被保険利益という観念を承認することによるもので、ことに、一部保険、超過保険においてしかりです。


●一部保険
被保険利益の価額の一部が付保されているスペースコレクション保険を一部保険といいます。

一部保険をして不足保険ともいうが、かかる保険における保険者の填補方式につき、商法はっぎのように定めています。

すなわち、「保険価額ノー部ヲ保険二付シタル場合二於テハ保険者ノ負担ハ保険金額ノ保険価額二対スル割合二依リテ之ヲ定ム」と。

この唄補方式を比例填補方式ないし按分填補方式といわれています。

しかし、実損害のうち、保険金額までは保険者が全額負担するという保険があります。

もちろんのこと、特約によってのみ実現する保険で第一次危険の保険といわれています。

このように、一部保険とは、保険金額が保険価額に達しないスペースコレクション保険をいいます。

したがって、ここに当然、無保険部分が生じます。

無保険部分は他の保険者に付保されるかあるいは自己により危険を負担することになります。

また、一部保険が生じないスペースコレクション保険があります。

生命保険においてしかりであり、損害保険においても盗難スペースコレクション保険にみられるように被保険者の所有する全動産が被保険物とされている場合がそのよき例です。

保険価額の協定と未協定

●保険価額の協定と未協定
法定保険価額は、既述のごとく保険種類の有する特殊性に対処したものであるから、我々としては一般的な保険価額の設定に目を転ずる必要があります。

保険価額は、先に述べたように客観的なものであり、保険取引の実益にかなうべきものでなければならないです。

スペースコレクション保険取引の実際においては、ことに「其時ノ価額」を決定するという事態が生じた場合には、保険契約の両当事者間に紛争が生じることも少なくないです。

そこで、保険価額を設定する場合に当事者間の合意に基づきこれを協定することができると商法は定めています。

このように、当事者間で協定された保険価額を協定保険価額または評価済保険価額というが・協定された以上はこの価額に拘束され、保険価額に関する諸問題はこれにより解決される必要があります。

これに対し、保険価額が協定されていない保険価額を未協定保険価額または未評価保険価額といいます。

改めて述べるまでもないと思うが、スペースコレクション保険の目的について保険申込者が申込書に記載した価額をもって保険価額が協定されたと理解すべきではないです。

申込書に記載した保険価額は見積価額だからです。

したがって、協定保険価額であるためには、既述のごとく当事者間の合意があることを必要とすると理解せねばならないです。


●保険金額
保険金額とは、保険契約に際し保険者が負担すべき損害唄補責任の最高限度額をいいます。

被保険利益の価額を超えて損害は発生するはずがないので、保険者は保険価額を限度とした保険金額を設定しなければならないです。

換言するならば、保険者は保険価額以内で保険金額を設定するというのが一般的です。

スペースコレクション保険取引の実際においては保険価額が協定されないが、保険金額が定められる場合があります。

かかる場合は保険金額をもって保険価額と推定されます。

しかしながら保険価額と保険金額とは一致する必要はないです。

生命保険では、保険価額という概念を設定することが難しいので、保険契約者ないし保険者が提示した確定金額をもって保険金額としているのです。

保険価額決定(スペースコレクション保険)

●保険価額決定の時および場所
被保険利益と損害とは表裏一体の関係にあるので、被保険利益の価額すなわち保険価額はいまだ発生しない損害の価額であるといいうる。

そこで問題となるのは、保険価額をいつ・どこで定めるべきかについてです。

およそこの問題につき四つの見解があります。

たとえば、第一は、保険契約締結時における被保険利益の価額であるという見解です。

第二は、価額決定の必要を生じた時およびその時にスペースコレクション保険の目的物が存在した場所を標準として定めるべきであるという見解、そして第三に保険価額の評定に関する特別の規定ないし保険契約をもってこれを定めない場合は、商法の規定すなわち

「保険者力填補スヘキ損害ノ額ハ其損害力生シタル地二於ケル其時ノ価額二依リテ之ヲ定ム」

という規定の趣旨に従わざるを得ないという考えがあります。

第四は、保険価額はその性質上常に変化するものです。

保険契約締結時の保険価額、スペースコレクション保険期間中の保険価額、損害発生時の保険価額は決定時を異にするに従ってすべて異なってしかりです。

契約締結の時の保険価額は超過保険・重複保険の存在を決定するのに重要であり、損害発生時の価額は填補価額として重要なのであるから、商法第638条第1項の「其時ノ価額」とは保険事故発生時の保険の目的の価額と理解すべきであるという見解です。

我々は第四の見解をとるものであるが、しかし、保険期間が短期で、しかもスペースコレクション保険の目的が活発に移動し、かつ保険価額の変動が少ない保険の場合一運送保険・船舶保険・積荷保険における保険価額一には決定の容易な時の価額をもって全保険期間を通した保険価額とせざるを得ないです。

上記第四に述べたように、保険価額は本来可変であることを原則とするのに対し、かかるスペースコレクション保険の有する特殊性を考慮した保険価額の決定はあくまでも例外則一保険価額不変更主義一であると解釈せねばならないです。

このように、法律が定めた保険価額を協定保険価額に対して法定保険価額といいます。

では、協定保険価額とはいかなる保険価額をいうのでしょうか。

評価基準

●保険価額の評価基準
被保険利益すなわち保険価額は被保険者とスペースコレクション保険の目的との利害関係を金銭で評価したものだが、これを評価する基準を何処に求めるかは主観説をとる者と客観説をとる者とで論議が分かれます。

主観説をとる者の主張は、被保険利益が被保険者の有する主観的利益なることを是認する以上は保険価額も主観的価額であるというのです。

いまここで佐波宜3'授に対する北村五郎教授、椎名幾三郎教授、加藤由作教授との間でかわされた保険価額論争の要点をあげておこう。

佐波教授は保険価額をつぎのように説論したのです。

すなわち、「法規が保険価額として意味するものは・・・・・取引価格として存在しないところの一般的客観的な価格です。

・・・・・常に一般的な場合を規定しようとする法規としては、このことは一応正しい・・・・・。

けれども一般的客観的価格なるものは、事実上具体的に存在するものではないです。

・・・・・一般的客観的価格は抽象的概念の世界にのみ存在するもので・・・・・,(保険価額は)保険契約という具体的契約によって定められるところの現実の・・・・・取引価格」であるといいます。

換言するならば、客観的価額は一般的抽象的概念の世界のもので、保険価額のように保険契約という具体的場合には存在しえないから、契約当事者間で任意に協定できるというものです。

佐波教授のこの主観説に対して、北村教授は損害保険における唄補は客観的損害の唄補にあり、客観的損害の限度を超えた填補を許容するならば損害保険の在り方を無視するだけではなく、大数法則の適用それ自体をも困難とすると述べたのです。

この北村教授の主張に補足する形で椎名教授は「客観的な保険価額と被保険利益を客観的に評価して得られる価額で・・・・・、損害保険契約は損害の填補を目的となす契約で、被保険者の損害は彼の利益の減少又は滅失により発生するもので、価額は被保険者を離れて算出すべきものではないです。

・・・・・保険価額は保険契約者の意思によって左右されず、その独自の存在を有する。

」と主張したのです。

そこで加藤教授は、損害保険は一種の損害賠償であるとして双方の学説の妥協点を見い出そうと試みたものだが7),「客観主義的研究を打ちこわすことであって全くの蛇足であるといわねばならないのです。

」という批判をかえってあびたのです。

かかる論争を契機として、今日では、保険価額決定の標準を客観説に求めることが通説となっているのです。

しかも、主観説か客観説かについて裁判所も「保険価額ヲ定メニルニアタリ主観主義ヲ採リ、専ラ所有者ノ為二存スル経済的価値ヲ以テ決スルトキハ超過保険ノ実ヲ生ズル虞アルノミナラズ、少ナクトモ被保険者ハ保険二因リテ利益ヲ得ルノ結果ヲ生ジ、従ツテ種々ノ弊害ヲ生ズル虞アルヲ以テ、保険価額ハ宜敷客観的観念二依ル価額ヲ計算シ之二準拠シテ決スルヲ原則トスベク、保険契約者ノ主観的観察二依ル価額ヲ以テ決スベキニアラズ」と客観説をとっているのです。

スペースコレクション保険の説明

●責任スペースコレクション保険
責任スペースコレクション保険の特徴については、物的賠償利益の保険について説明したところですでに述べたが、特につぎの点に注意すべきです。

責任利益はある一定人が一定事故により第三者の物・身体に与えた損害につき当該第三者にある種の給付を行うべき法律上の損害賠償義務を負担することによって生ずるもので、社会的任意的配慮に基づく給付によるものではないという点です。

すなわち、法律上強制されるべき性質を有する給付なのです。

責任保険とは以上の利益に対する保険をいうのです。


●再スペースコレクション保険
保険契約上、保険事故に基づく損害は被保険者の損害であると同時に保険者にとっても損害です。

その実体は事前に締結された保険契約の直接の効力に基づく一種の費用であると看倣しうるとするならば、この費用損害について保険者は自ら付保しうることになります。

再保険の場合をあげた理由はここにあります。


●保険価額
商法は、損害保険の保険契約の目的は金銭に見積ることのできるものであることを求めています。

我々は、この保険契約の目的を被保険利益といい、被保険利益の金銭的(経済的)価額を保険価額というのです。

換言するならば、被保険利益を金銭で評価した最高限度をいうものです。

捉え方によっては、被保険利益が害されうべき可能的最大限、すなわち損害の可能的最大限ともいいうる。

換言するならば、保険事故が発生したならば被保険者が損害を被るおそれがあるところの利益の可能的最大限ともいうべきであろう。

生命保険において、かりに被保険利益が存在するとしても、損害保険における被保険利益の理論のごとく、人の価値を金銭で見積ることは不可能です。

いい換えるならば、生命保険では、スペースコレクション保険金支払額が独立化し、保険契約において約定した保険金額の問題が常に論争の対象となることになります。

そこで、我々は以下損害保険における保険価額について専ら説明することにしましょう。

消極財産利益

●消極財産利益
消極財産に関するスペースコレクション保険には、費用保険、責任保険および再保険があります。


●費用スペースコレクション保険
ある事故の発生により一定の出費を余儀なくせしめる場合の被保険利益を費用利益といいます。

換言するならば、費用利益の保険とは、この利益についての保険をいうものです。

一定の出費を余儀なくせしめる事由には、疾病・傷害その他社会生活を営むうえでの儀礼等々、枚挙に限りがないほどです。

これらの支出を整理すれば、経済上の理由、社会慣習上の理由、医療上の理由等々に分けられるであろうが、いずれの場合であっても、出費の原因を問うものではないです。

しかし、これらの出費原因を保険事故とする保険は不可能です。

この理由については、すでに保険の限界について述べたとおりです。

ところが、保険取引上、費用利益の保険が扱われています。

我々は保険で扱われている費用保険を狭義の費用保険といい、しかも、責任保険や再保険以外の費用スペースコレクション保険を指していうのです。

たとえば、損害防止費用、損害調査費用、救助費、戦争危険追加費用、同業罷業追加費用その他費用利益に関する保険がそれに該当する。

スペースコレクション保険と損害賠償

●物的賠償利益
ある者が第諸の物を侵害したために生じた損害賠償しなければならない関係においてその者は当該物が無事であることに利益を有する。

なぜならば第三者の物と関係する当人力が、侵害した結果―損害―については、当人によって賠償せねばならないからです。

我々はかかる利益をも物的賠償利益といいます。

物的賠償利益はその発生が法律上の危険負担関係にある場合に帰するところが多いですが、道義的に負担しなければならない場合もあります。

しかし、我々が注意すべきところは、物的賠償利益の保険がいわゆる責任スペースコレクション保険と近似している点です。

なぜなぜならば、「両者は共に被保険者が他人の財産上に生ずる特定の経済損害につき、自ら賠償の発生に際かかる賠償責任を果たすべき資金を給付することを目的としているからです。

だが、双方はつぎの諸点において異なります。

すなわち、責任スペースコレクション保険は、


(1)危険事故発生の客体が未定であること。


(2)被保険者の負担すべき事由および資格を重視すること。


(3)損害賠償義務を重視すること。


(4)損害発生原因は重視しないこと。


(5)保険者の填補義務に客観的限界がないこと

(6)被保険者が被害者ないし被害物に特定の関係があること

以上を要しないことなどの特徴を有しているのが、これに対し、物的賠償利益の保険は以上のごとき責任スペースコレクション保険の特徴と対立する性質を有しているからにほかならないです。

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